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糸川英夫さんの『八十歳のアリア』という本を読み返してみた

本当に面白い。

敗戦直後に、東大工学部機械科の大学院生からバイオリンを「設計してほしい」という声かけから始まったストーリー。「バイオリンの名器となるととても高くて貧乏人には手が出ない。隼戦闘機を設計したエンジニアだから、それだけの頭脳でバイオリンを設計したら、百円くらいの材料で一億円くらいの音がでるバイオリンもできるんじゃないかと思うんです」という頼む方も頼む方。

糸川さんのすごいところは、形式や思い込みによらず徹底的な目的思考と顧客思考で切り込んでいくところ。例えば、”いい音”を科学的な分析のもとに材料や製作手法に答えを求めない。

 

クレモナの神話

 

クレモナは、バイオリンにとって、まさに聖地といえる地だ。

<中略>

フランスやドイツでつくられたバイオリンもあるにはあるが、クレモナでつくられたといったら、文句なしで、バイオリンの神様のような存在になってしまう。

 

p45にある記述。これはまさに今の社会の縮図でもあるようです。

そんな彼がとったアプローチは、現代マーケティングの手法だった。

 

ほんとうのお客は誰か、それが問題だ。

 

本当にすごいなぁ、と思ったのは、バイオリン製作の顧客として”弾き手”ではなく、バイオリニストを通じてリスナーに思いを届ける”作曲者”を想定したこと。このことで、製作までの手法が大きく変わってくる。「まずはバイオリンの師匠に弟子入りして〜」「良い道具をそろえて、それを使いこなすスキルを身につけて〜」「一流の材料を集めて〜」という安直な考えはない。

ご存命だったら、今の世の中もスイスイと渡っていってしまうように感じます。

 

徹底的な事実ベースアプローチ

加えて科学者ならではのアプローチは脱帽する。

『良い音は、材料や形ではなく、数式に導かれた設計により作り出される』という信念とスタンスには感動すら覚えます。

 

いつの時代も、研究のスタートに必要なものは”名著”と”カネ”である。

 

彼は古典中の古典である『セオリー・オブ・サウンド(音響理論)』に解を求めた。新しいことに目移りするのではなく、まずは古典の中に発見を見出す、科学的なアプローチ。ここから新理論を導き出していく。そして、コンスタントに研究費を捻出するために、研究テーマをかつての『航空工学』から『音響工学』変更して、新たな講座名を設定することで安定的な研究費を確保する。

 

作曲家が重視した音程はA4,E4,D4,A3

 

昭和二十三年の一月一日から十二月三十一日まで、1年間にNHKのラジオ放送のなかに出てきた曲を、片っ端から全部分析した。

<中略>

ひとつひとつの音について、何回、何秒つかっているかを記録してくのだ。

 

今だったらコンピュータでかんたんに分析できるが、当時は大変だったと思う。楽譜を入手して、そろばんを弾いていたそうだ。

その結果得られたのは『A4,E4,D4,A3』との結論に至った。この4つの音がもっとも美しく響くバイオリンをつくることが、作曲家という顧客の意図に応えることになる。

なんだかすごいですね。

紆余曲折あって完成にいたるのですが、ただ、世の中はそんなに甘くはない。

 

科学者がいくら頑張って、このバイオリンはこういう波形が出るなんてオシログラフで絵を描いて、ストラディバリウスはこういうカーブで、自分がつくったバイオリンはこうだから、自分のバイオリンのほうがいい音だなどと説明しても、まったく信用してもらえないという点だ。

「クレモナで名匠ストラディバリウスが心をこめてつくったバイオリンだからいい音がするのだ。オシロなんとかの波がどうであれ、いい音がするわけがない」と徹底的にバカにされる。

 

このあたりのストーリーは実際にこの本を手にとってお楽しみください。

 


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